イラストレーション業界、もしくは次の草刈り場

上記ツイートを読んで、同意するとともに、いくつか考えたことがあるのでここに記載しようと思う。

この話は、要するに YouTube が産業として成立するまでの一連の流れと同じ話であると思われた。

音楽業界のことを思い出してほしい。音楽の《倫理的に適正な》流通の実現にあたっては Content ID のようなものが求められたわけだけれど、この Content ID というのは単なる一致検出技術だけで成立するものではなく、バックエンドのDBに新たな楽曲が継続的に登録され健全に維持管理されるための人的資源や仕組み、そして不正使用にあたってのルール面の整備、実際に処理する体制の整備、またそのルールが適切に守られ続けることを保証するモデレーション体制の整備といった、コスト的にも人的にも重厚な仕組みが要求された。

単に技術的に成立しているだけではない、《倫理的に適正な》流通とは、技術だけではない、このような重厚な社会的実装を要求するものである。そして、このような財務的にも人的にも大掛かりな社会的実装の実現には、それを支えるだけの稼ぎを生むビジネスモデルが要求される。YouTube 以前に倒れた事業者はまさにここで死んだのだろうと思う。生き残った事業者はまさにこの点において立ち振る舞いが巧かったのだろうな、とも。

コンテンツとソフトウェアの関係は、厳しく単純化すれば、生産者と流通・加工と見做せるだろう。そして、流通・加工事業者にしかすぎない存在が剽窃によって生産者の経済的利得を害するようなことをすれば反対を受けるのは当然だろうし、ソフトウェア側の事業者に対して倫理的に正しい水準まで適切な社会実装を行うよう強い圧力がかかり続けるのも当然だと思う。廃棄物の適正処理までできてはじめて工業生産が倫理的に許容されるように、ソフトウェア事業者には、そこまでの社会実装が要求されて当然だ、とも。

動画・音楽の流通に関しては、この「技術的には可能」の段階から「一定の倫理水準での社会実装の完了」までが終わった。この努力によって、我々は合法的かつ快適に、コンテンツを楽しむことができるようになっている。

一方、イラストレーションについてはどうだろうか。この社会的実装は薄っぺらに思われる。JASRAC のイラストレーション版に相当するものもなければ、Content ID と同様の技術も、それを運用する組織も、侵害が起きた場合の対処を行う機関もない。このような現状で、生産者であるクリエイターが「剽窃紛い行為を冗長している」と疑うのはきわめて自然だと思う。

クリエイターはソフトウェア技術者ではないので、「何何が実現されるべきである」とは言わない。単に「剽窃行為の冗長はやめてくれ」としか言わない。でも、そのような声を受けた時、コンテンツ流通プラットフォーム事業者は、ここまでの社会的実装を、自分達の責任で行なっていく必要があるだろうと思う。それは1社ではなく複数社のコンソーシアムで行うことかもしれないが、そこまで含めた振る舞いの全てが要求されるのだろう。

もちろん、純粋にソフトウェア技術者的な政治的立場からすれば、後者の実装でスタックするのは悩ましい問題だというのもわかる。スタックするとはすなわち、そういう会社がローンチしても軌道に乗ることが許されないということであったりもするし、その間、技術者が金銭的・社会的立場によって報われないということも意味する。その上、(音楽業界で起きたことを見るとわかるように、)解消には場合によっては10年の単位での時間がかかるかもしれない。だからといって、これを単に無視するというのは、倫理のない所業であろう。

余談だけれど、これに限らず、どのような技術についても、要素技術が成立することが明々白白になった時点から社会的実装が完了し適正な形で世の中に普及するまで、10年単位で時間がかかるだろうなと思っている。1990年代にも検索技術の研究者がいたであろう。彼らは検索技術から得られる莫大な利益という恩恵にあずかれただろうか。同様に、まさに今現在画像加工技術を研究している人間は、下手したらあと10年は、彼らが期待するほどの利益や社会的敬意を得るのは難しいのではないかと思っている。検索エンジンで成功したのが AltaVista ではなく Google であるように、彼らは被引用者としては残るかもしれないが、ビジネス的には幾分の疑わしさが残る。「日本人は仕組みを作るのが苦手」という言葉も思い起こされる。もっと単純な例でも、Linux Kernel にパッチを入れるのだって下手すれば5年以上かかることもあることだ。

もう一つ余談だが、音楽・映画産業界がこれだけきちんとソフトウェア業界の頭を殴ってきちんと交渉できたのは、彼らが強力な業界団体を有していたからだと思う。それよりもはるかに力の弱いポルノ業界は、どことは名前を出さないが、搾取の餌食となっている。
では画像についてはどうかというと、漫画はともかく、イラストレーションなどはとてもじゃないけど政治力や体力を有しているようには見えないので、このままだと草刈り場だろうなとも思う。というより、君達、わかって草刈りに来ているだろう?

未来において過去を振り返ったとき、今現在はイラストレーターにとって、「暗黒期であった」と評されるような期間であろうと思う。